「大学への数学」2005年5月号 巻頭言 
人生を変えた思いこみ

人生を変えた思いこみ

社会人になってしばらくして、高校の時の担任の先生を訪ねた。
特別な用件があったわけではない。久しぶりに会いたくなったのだ。
自分の道を歩き出した今、やっといろいろな思いを語れると感じていた。

長い間専業主婦をしていて、30代も半ばを過ぎた頃、私はある勉強を始めることになった。
とても新鮮だった。学ぶことが楽しく、次の授業が待ち遠しくて仕方がない。
遠足を心待ちにする幼稚園児のようだった。 ある時、授業中に先生にほめられた。
「おっ、君はよく理解できていますね」そんなひとことがたまらなく嬉しかった。

「もしかして私って頭がいいのかも(笑)」心が知識を希求していた。
砂地に水が吸い込まれるようだった。
休み時間にも質問に行く熱の入れようだ。

受講後、その先生の弟子となってさらに学ぶことを続け、やがてそれを生かした仕事を始めた。
「よりよい生活を提案するお手伝い」と称した、説明のしにくい謎の仕事だ。
わずかながら地方のラジオ局にも毎週登場している。信頼してくれる人達も次第に増え、
本誌で毎月執筆する某先生も私の助言が的確だとファンになって下さった。

私は大学へ行っていない。勉強するのが嫌いだったからだ。
中学までは勉強しなくてもある程度は理解できた。その頃は頭がいいと思っていた気もする。
地元で一番の高校へ入学することになった。
同級生は20人東大に入った地方の進学校である。
望んでいなかったのに、群制度により振り分けられたのだ。

入学後の最初のテストで60点を取った。「嘘? これ、何かの間違いじゃない?」
ショックだった。中学のときはどんなにできなくても80点を下回るなんてありえなかった。
そこで初めて気付いた。高校は中学とは違う、出来る子ばかりが集まってきている、
やはり1番から460番まで順位が付くのだ、ということを。
そこで奮起してがんばればよかったのだが、元来怠け者で、努力することが大嫌い。
いつもいやなことからは逃げたい、そう考えていた私は楽な道、楽な道を求めてさ迷った。

親からも先生からも「お前はダメなヤツだ!」
そう言われ続けるうちに、どんどんダメになり下がった。
性格もひねくれていき、思いついたことは「大学へ行かないでおこう」。
私が進学しなければ、進学率は100%でなくなる、いい気味だ! 
あぁ何とも短絡的なことだ。
3年生になり担任との面談で
「なぜ大学へ行かない? 本当にダメなヤツだ! 学校一ワルよりもおまえは最低だ!」
いつも強気の私も、さすがにこのひとことはショックだった。
卒業する時も担任は私に冷たかった。

「ダメなヤツ」という言葉はそれからもずっと付きまとった。
いい加減な気持ちで結婚し、母親となり、生きてきた。
少なくとも勉強を始めるまでの十数年間は。

「りっぱになったなぁ」
今までのいきさつや今後、社会でこういうことをしていきたい! 
意気揚々と夢を語った私に恩師はそんな言葉をかけてくれた。
「おまえは本当に頭がよかったもんな」
耳を疑った。
「え? 私、学校で一番だめなヤツだったんじゃないですか?」
「おまえはとにかく頭が良かった、なのに全然努力しないからダメだと言ったんだ」

ショックだった。ダメなヤツだと思っていたから、ダメなようにふるまっていたのに。
頭がいいと知っていたなら、頭がいいようにがんばっていただろう。
先生なぜ、あの時そのひとことを付け加えてくれなったの・・・?

私は生まれ変わった。
みにくいアヒルの子が本当は白鳥だったとわかった時のように。
そして「思い込み」が人間をさらには人生も作ってしまうことをまざまざと知ったのだ。

私は我が子に向かって「あなたは天才、あなたはすばらしい、きっと将来は大物になる」
毎日心から言い続けた。
今回長男は、その言葉にのせられて最高峰の大学に合格した。
いつも模試ではD判定どまりだったのに。

私自身や周囲は私にマイナスの「思いこみ」を与えたが、その代わりに、子供にはプラスの「思い込み」を与え続け、
魔法の言葉は信じられないほどの力を証明した。

今日も私は言い続けている。
「あなたは天才、あなたはすばらしい、あなたは大物だ」
人に対しても、自分自身に対しても。

(しみずゆきえ Comfotatable Life Creator)

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